モータージャーナリスト兼コラムニストの二階堂仁です。 今回も多く寄せられてる質問にお答えしていきます。
この記事を読んでいる方は、ベントレーとロールスロイスの関係性や、なぜこの2つのブランドが似ていると言われるのかが気になっていると思います。 私も実際に両ブランドの車を複数所有し、その歴史を深く探求してきたので、その疑問を抱く気持ちはよくわかります。

引用 : ベントレーHP
この記事を読み終える頃には、ベントレーとロールスロイスの複雑で魅力的な歴史、そして現在の確固たる個性の違いについての疑問が解決しているはずです。
記事のポイント
- レースで生まれたベントレーと完璧を求めたロールスロイス
- ライバル同士の吸収合併という歴史的な転換点
- VWとBMWによる複雑な買収劇による完全な独立
- ドライバーズカーとショーファーカーという現在の明確な違い

ベントレーとロールスロイスが似ていると言われる歴史的背景
「ベントレーとロールスロイスは、どこか似ている」。 車好きならずとも、多くの方が抱くこの印象。 それもそのはず、この2つのブランドは単なるライバルという言葉では片付けられない、深く複雑な歴史を共有してきました。 その真相を探るには、それぞれのブランドが誕生した20世紀初頭まで遡る必要があります。

引用 : ベントレーHP
そもそもベントレーとは?レース血統のハイパフォーマンスカー
ベントレーは1919年、ウォルター・オーウェン・ベントレー(W.O.ベントレー)によって設立されました。 彼は元々、フランスの自動車メーカーのエンジンに、アルミ合金製のピストンを使用して性能を向上させるなど、エンジニアとして優れた才能を持っていました。 その彼が掲げた哲学は、**「速い車、良い車、クラス最高の車(A fast car, a good car, the best in its class.)」**という、非常に明快なものでした。

引用 : ベントレーHP
この哲学を体現するかのように、ベントレーは黎明期からモータースポーツの世界でその名を轟かせます。 特に有名なのが、世界で最も過酷なレースと言われるル・マン24時間レースでの活躍です。 1924年に初優勝を飾ると、1927年から1930年にかけては怒涛の4連覇を達成。 「ベントレー・ボーイズ」と呼ばれた裕福で勇敢なドライバーたちが駆る深緑のマシンは、圧倒的な速さと信頼性でヨーロッパ中のサーキットを席巻しました。
つまり、ベントレーの根底に流れているのは、**自らハンドルを握り、車の性能を極限まで引き出して走る喜びを追求する「レーシングスピリット」**なのです。 そのDNAは、創業から100年以上が経過した現代のモデルにも脈々と受け継がれています。
そもそもロールスロイスとは?最高の静粛性と快適性を追求
一方のロールスロイスは、ベントレーより少し早い1906年に設立されました。 その誕生は、貴族出身の情熱的なレーサーであり、ロンドンで高級車ディーラーを経営していたチャールズ・ロールズと、叩き上げの天才エンジニアであるフレデリック・ヘンリー・ロイスという、全く異なる出自を持つ2人の男の運命的な出会いから始まります。
ロイスが作り上げた「ロイス10HP」という車は、当時の車としては驚異的な静粛性とスムーズさを誇っていました。 この車に試乗したロールズは、「ヘンリー、君は世界一のエンジニアだ」と絶賛し、自らが販売する全ての車をロイスが製造することを提案。 こうして「ロールス・ロイス」ブランドが誕生したのです。
彼らが目指したのは、**「完璧な車を作る(Strive for perfection in everything you do.)」**こと。 その象徴が、ギリシャの神殿をモチーフにした「パルテノングリル」と、フードの先端に輝く女神像「スピリット・オブ・エクスタシー」です。 彼らはレースでの勝利よりも、いかに乗員が快適に、そして静かに移動できるかを追求しました。 エンジン音はさながら「懐中時計の作動音のよう」と評され、その圧倒的な品質と信頼性から「世界最高の車」としての地位を不動のものにしました。 ロールスロイスは創業当初から、オーナーが後席に座り、運転は専門の運転手(ショーファー)に任せる「ショーファードリブン」の最高峰として存在していたのです。
最初の転機:1931年のロールスロイスによるベントレー買収
全く異なる哲学を持って生まれた両ブランドですが、1931年に最初の大きな転機が訪れます。 1929年に始まった世界恐慌の煽りを受け、高性能で高価な車を少量生産していたベントレーは深刻な経営不振に陥ってしまいました。 破産の危機に瀕したベントレーに対し、ライバルであったロールスロイスが救済という形で買収を申し出たのです。

引用 : ロールスロイスHP
これは、当時最強のライバルと目されていた両者が一つになるという、自動車業界を揺るがす大ニュースでした。 この買収により、ベントレーはロールスロイスの一部門となり、創業者であるW.O.ベントレーも同社を去ることになります。 レースの血統を持つ情熱的なブランドが、静粛性と完璧さを追求するブランドの傘下に入った瞬間でした。
兄弟車(バッジエンジニアリング)時代の到来
ロールスロイス傘下となったベントレーは、ここから長い「兄弟車」の時代へと突入します。 これが、現代に至るまで「ベントレーとロールスロイスは似ている」と言われる最大の理由です。
買収後のベントレーは、ロールスロイスのシャシーやエンジンをベースに開発されるようになりました。 特に第二次世界大戦後は、その傾向が顕著になります。 例えば、1965年に登場したロールスロイス・シルバーシャドウとベントレー・Tシリーズは、エンブレムとラジエーターグリルの形状が異なるだけで、ボディパネルや内装のほとんどを共有する、いわゆる「バッジエンジニアリング」モデルでした。
この時代、ベントレーはロールスロイスよりもわずかにスポーティな味付けが施されることはありましたが、基本的には同じ車であり、ブランドの個性は埋没しかけていました。 かつてサーキットを沸かせた「ベントレー」の名前は、ロールスロイスのセカンドライン的な位置づけになっていたのです。
静粛性のロールスロイス、操縦性のベントレーという差別化
しかし、そんな時代にあっても、ベントレーのDNAが完全に消え去ったわけではありませんでした。 ロールスロイスのオーナーが後席でくつろぐのが当たり前だったのに対し、ベントレーを選ぶ顧客には、依然として自らステアリングを握り、運転を楽しみたいと考える富裕層が多く存在しました。
メーカー側もその需要を理解しており、ロールスロイスのモデルをベースとしながらも、サスペンションを少し硬めにしたり、エンジン出力をわずかに向上させたりといった差別化を図っていました。 その最たる例が、1980年代に登場した「ミュルザンヌ ターボ」です。 ロールスロイス・シルバースピリットをベースに、強力なターボチャージャーを搭載したこのモデルは、「空飛ぶ絨毯」と評されたロールスロイスとは明らかに違う、暴力的なまでの加速性能を誇りました。
この成功により、ベントレーは再び「ハイパフォーマンス」という本来のアイデンティティを取り戻し始めます。 「静かで快適な移動」を求めるならロールスロイス、「圧倒的なパワーと運転する楽しさ」も求めるならベントレー、という明確な棲み分けが、この頃から再び確立されていったのです。
航空機エンジン部門の破産と国営化
順調にブランドの再建が進むかに見えましたが、1971年、親会社であるロールスロイス社が、航空機エンジン部門の新型エンジンの開発失敗により経営破綻するという衝撃的な出来事が起こります。 英国政府は、国防上の重要性から航空機エンジン部門を国営化。 その結果、自動車部門は「ロールスロイス・モーターズ」として分離独立し、1980年には防衛・航空宇宙関連企業のヴィッカース社に売却されました。 つまり、この時点でベントレーとロールスロイスは、ヴィッカースという新たな親会社のもとで再出発することになったのです。
現代に続く両ブランドの関係性とそれぞれの魅力
ヴィッカース社の傘下で、ベントレーはターボモデルの成功によりスポーティなイメージをさらに強化していきます。 しかし、1990年代後半、再び両ブランドの運命を大きく揺るがす出来事が起こります。 ドイツの二大自動車メーカー、フォルクスワーゲン(VW)とBMWによる、世紀の買収劇の幕開けです。

引用 : ベントレーHP
世紀の争奪戦:フォルクスワーゲンとBMWの介入
1998年、親会社のヴィッカースはロールスロイス・モーターズ(ベントレーを含む)の売却を決定。 当初、長年エンジン供給などで協力関係にあったBMWが買収の最有力候補と見られていました。 しかし、土壇場でVWがBMWを上回る高額な買収額を提示し、ロールスロイス・モーターズを手中に収めたのです。
誰もがVWの勝利を確信しましたが、ここから事態は複雑化します。 実は、VWが買収したのは、英国クルーにある工場の設備や車両の設計権、そして「ベントレー」ブランドの商標権だけでした。 なんと、最も重要な**「ロールスロイス」のブランド商標権**は、航空機エンジン会社として存続していたロールスロイスPLCが所有しており、同社はかねてから関係の深かったBMWに使用を許可したのです。
結果として、
- フォルクスワーゲン:クルー工場、車両の設計、「ベントレー」ブランドを手に入れた。
- BMW:「ロールスロイス」ブランドを手に入れたが、工場や車両の設計は持たない。
という、極めて奇妙な状況が生まれました。 しばらくの移行期間の後、2003年1月1日をもって、両ブランドは完全に袂を分かつことになります。 VWはクルー工場で新生ベントレーの生産を続け、BMWは英国グッドウッドに新たな工場を建設し、全く新しいロールスロイスをゼロから作り上げることになったのです。 この買収劇により、約70年ぶりに両ブランドは完全に別の道を歩み始めました。
現在の資本関係:ベントレーはVWグループ、ロールスロイスはBMWグループ
この複雑な経緯を経て、現在の資本関係は以下のようになっています。
- ベントレー:フォルクスワーゲン グループ傘下
- ロールスロイス:BMW グループ傘下
それぞれがドイツの巨大自動車メーカーの潤沢な資本と最新技術を得て、かつてないほどの発展を遂げています。 VWグループの高度なプラットフォーム技術やパワートレインはベントレーのパフォーマンスをさらに引き上げ、BMWグループの先進的なエレクトロニクスや品質管理はロールスロイスをさらなる高みへと導きました。
【徹底比較】現在のブランド哲学とデザインの違い
完全に独立した今、両ブランドの哲学とデザインは、それぞれのルーツに回帰し、より明確な個性を放っています。

引用 : ベントレーHP
ベントレー:伝統と革新の融合が生むモダンラグジュアリー
VW傘下になったベントレーは、伝統的なクラフトマンシップと、最新技術を融合させることで「モダンラグジュアリー」という新たな価値を確立しました。 職人による手作業のウッドパネルやレザーシートといった伝統は守りつつ、エアサスペンションやアクティブアンチロールバーといった先進技術で、快適性とスポーツ性能をかつてないレベルで両立させています。
デザインも、筋肉質でパワフルな印象を強調しています。 ダブルヘッドライトやマトリックスグリルといった伝統的なモチーフは残しつつ、流麗でダイナミックなボディラインは、まさに「自ら運転するための車」であることを雄弁に物語っています。 内装も、ドライバーを中心に設計されたコクピットが特徴です。
ロールスロイス:究極のラグジュアリーと比類なき静粛性
一方、BMWのもとで新生したロールスロイスは、その原点である「究極のラグジュアリー」をさらに突き詰めています。 「魔法の絨毯のような乗り心地」と称される独自のサスペンションシステムや、徹底した遮音対策による圧倒的な静粛性は、他のどんな車も寄せ付けない孤高の存在です。
デザインは、威風堂々という言葉がふさわしい、伝統と格式を重んじたものです。 そびえ立つパルテノングリル、コーチドア(観音開きのドア)、そしてホイールキャップの「RR」ロゴは車輪が回転しても常に正位置を保つなど、細部に至るまで完璧な威厳を演出しています。 内装は、後席の乗員が最も快適に過ごせることを最優先に設計された、まさに走るスイートルームです。
【徹底比較】オーナー層と求められるものの違い
ブランド哲学の違いは、オーナー層にも明確に表れています。 私もジャーナリストとして、また一人のオーナーとして、両ブランドのオーナーが集まる場に顔を出すことがありますが、その雰囲気は実に対照的です。
ベントレーのオーナー像
ベントレーを選ぶのは、比較的若い世代の成功者や、自ら車のパフォーマンスを楽しみたいと考えるエグゼクティブが多い印象です。 彼らはベントレーを単なるステータスシンボルとしてだけでなく、日常の足や休日のグランドツーリングの相棒として積極的に活用します。 ファッションも、クラシックなスーツよりは、上質なカジュアルやスポーティなスタイルを好む傾向があります。 会話の中心は、やはり「走り」に関することが多いですね。
ロールスロイスのオーナー像
ロールスロイスのオーナーは、長年にわたって成功を収めてきた、より成熟した層が中心です。 社会的地位の象徴として、またビジネスシーンでの移動手段として、その圧倒的な存在感と快適性を重視します。 オーナー自らが運転するよりも、後席でゆったりと過ごす時間を大切にする方が多いです。 集まりでは、車そのものの話よりも、ビジネスやアート、文化といった、より広い分野の話題が交わされることが多いのが特徴です。
ベントレーの現行主要モデル紹介
現在、ベントレーのラインナップは、大きく分けて3つの柱で構成されています。 それぞれのモデルが、ブランドの哲学を見事に体現しています。
モデル名 | ボディタイプ | 特徴 |
---|---|---|
コンチネンタルGT | 2ドアクーペ/コンバーチブル | 「究極のグランドツアラー」。圧倒的なパワーと長距離移動の快適性を両立。ベントレーの象徴的モデル。 |
フライングスパー | 4ドアセダン | スポーツカーの魂を持つラグジュアリーセダン。オーナーが自ら運転しても、後席に乗っても楽しめる。 |
ベンテイガ | SUV | ラグジュアリーSUV市場を切り開いたパイオニア。悪路走破性とベントレーらしいパフォーマンスを融合。 |
特に私が所有するベンテイガは、その万能性に驚かされる一台です。 都心での取り回しも意外と良く、それでいて一度高速道路に乗れば、矢のように安定した走りでどこまでも行ける気にさせてくれます。 SUVでありながら、その乗り味は紛れもなくベントレーです。
ロールスロイスの現行主要モデル紹介
ロールスロイスもまた、その哲学を体現する珠玉のモデルを揃えています。 どのモデルも、最高の素材と職人技によって生み出される芸術品です。
モデル名 | ボディタイプ | 特徴 |
---|---|---|
ファントム | 4ドアセダン | ブランドの頂点に君臨するフラッグシップ。世界で最も静かで快適な車と称される。ショーファードリブンの極致。 |
ゴースト | 4ドアセダン | ファントムより少し小型で、よりオーナー自身が運転することも想定されたモデル。「ドライバーズ・ロールスロイス」。 |
カリナン | SUV | ブランド初のSUV。「どこへでも快適に」をコンセプトに、究極のラグジュアリーと走破性を両立。 |
スペクター | 2ドアクーペ | ブランド初の完全電気自動車。静粛性と圧倒的なトルクで、ロールスロイスの新たな時代を切り開く。 |
先日試乗したスペクターは、衝撃的でした。 ただでさえ静かなロールスロイスが電気自動車になることで、もはや「無音」の領域に達しています。 それでいて、アクセルを踏み込めば異次元の加速を披露する。 ロールスロイスが示す未来の一端を垣間見た思いでした。
購入するならどっち?あなたのための選び方ガイド
ここまで読んでくださった方は、両ブランドの違いを深くご理解いただけたかと思います。 その上で、「自分にはどちらが合っているのか?」と悩まれる方もいらっしゃるでしょう。 ジャーナリストとして、そして一人の車好きとして、最後のアドバイスをさせてください。
- 運転そのものを心から楽しみたい、圧倒的なパフォーマンスを体感したい方 迷わずベントレーをお勧めします。 特にコンチネンタルGTで駆け抜けるワインディングロードは、何物にも代えがたい喜びを与えてくれるでしょう。
- 移動時間を最高に贅沢で快適なものにしたい、社会的ステータスを重視する方 ロールスロイスこそが、あなたのための車です。 ファントムの後席で過ごす時間は、多忙な日常から解放される、まさに至福のひとときとなるはずです。
- モダンでスポーティなデザインを好むか、伝統的で威厳のあるデザインを好むか これも重要な判断基準です。 ベントレーのダイナミックなフォルムと、ロールスロイスの揺るぎない威厳。 どちらがご自身の美学に合うか、ぜひ実車を見比べてみてください。
究極的には、どちらが良い・悪いという話ではありません。 あなたが車に何を求めるか、その価値観によって答えは変わります。 ぜひディーラーに足を運び、実際にステアリングを握り、後席に座ってみることを強くお勧めします。 きっと、言葉だけでは伝わらない、それぞれのブランドが持つオーラを感じ取ることができるはずです。
まとめ
ベントレーとロールスロイスが似ていると言われるのは、1931年の買収から2003年の完全独立までの約70年間、同じ傘下で兄弟車として生産されてきた歴史的背景があるからです。
しかし、そのルーツは全く異なり、
- ベントレー:レースで鍛えられた「ドライバーズカー」
- ロールスロイス:完璧さを追求した「ショーファードリブンカー」 という、明確な違いを持っていました。
そして現代、VWグループとBMWグループというそれぞれの強力なパートナーを得て、両ブランドは完全に独立した道を歩んでいます。 かつての兄弟は、今やそれぞれの哲学を極め、独自の魅力を放つ最高のライバルとして、ラグジュアリーカーの世界に君臨しているのです。
このレビューが、あなたの車選びの一助となれば幸いです。